国会議員は「人間」を代表するだけでいいのか

 

先日、日経新聞に「衆議院の1票の格差」を集計した記事がありました。
今月施行される「改正公職選挙法」の新しい区割だと、衆議院の最大格差は1.99倍とのこと。
前回2014年の衆議院議員選挙時が2.13倍ですから、少し改善されたことになります。

衆議院議員選挙の後には、必ず議員定数の違憲状態がニュースになります。
弁護士さんたちの恒例行事のように。
しかし私は、この話題をニュースで見る時、いつもモヤモヤした気持ちになります

確かに国民の代表を選ぶのですから、人口当たりで定数を決める、というのは理にかなっています。
しかしそれは国会議員が人間の代表でしかない場合です。
国会議員は地元の地域を代表しています。
地元にいるのは人間だけではありません。
その意味で、国会議員は、地元の熊や猿やイノシシや鳥や魚の代表とは言えないでしょうか。
地元の山や川や海や文化遺産の代表とは言えないでしょうか。
国は、地域は、人間だけのものではないはずです。

国全体の重要事項を決める時に、人口だけで代表を選んだら、参政権のない地方の熊や猿の権利は誰が守るのでしょうか。
北海道の自然をどうするか、東京の人の決定に委ねていいわけありません
決して今の議員定数に固執しているわけではありません。
ただ「地域を代表する」ためには、人口だけでなく面積や環境・自然など国土も考慮に入れるべきと思うのです。

忘れてはいけないのは、「尖閣諸島」の所有権で起きた騒ぎです。
誰も住んでいない島の所有権を大騒ぎして東京都が買い取り、最終的に国有地になりました。
尖閣はたまたま領有権を主張する他国があるから、日本の端っこの島に関心が集まりました。
つまり、日本全土どこをとっても、どうなってもいいという土地は無いのです。
日本全体が日本人全員のものであり、同時に熊や猿やイノシシたちのものでもある、ということを忘れてはいけません。
それに日本人は、日本全土どこでも好きなところに移住することが出来ます。
これも「職業の自由」と並んで、贅沢な権利です。
「地方に住む人はその地方を守ってくれている」というくらいの鷹揚な考えを、都会の人にはもってもらいたいものです。

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